小野田寛郎さんとの出会い

 平成17年11月26日小野田寛郎さんのご講演「極限で私を支えたもの」を聞き終わった後、30年間戦ってこられた方の国家観、人生観を余すことなくお伝え頂いたすばらしい内容のものでした。興奮冷めやらぬ後、少しの時間をいただき対談いたしました。

 小野田さんといえば右上の写真でご記憶のとおり、フィリピンのルパング島で終戦後30年間も終戦を知らず戦ってこられた陸軍元少尉です。

 大正11年生まれで今年84歳。和歌山県海南市に生まれ、旧制海南中学校に進み、剣道部に入ります。剣道に熱中し県下でも有数の腕前で、剣道は5段。私は「試合に強くてね、ほとんど負けたことはなかった。剣道をやってなかったら30年間もジャングルの中で頑張ってこれなかったよ」とお話いただきました。身長は155センチほどの小柄ですが、背筋はピンと伸び、やさしいまなざしの中にも時折鋭い眼光を放ち、30年間孤独な戦いを生き抜いてきた凄さを感じました。現在は凶悪な少年犯罪が多発する現状を憂い「小野田自然塾」を主宰し青少年の育成指導に当たっておられます。小野田さんの辿られた人生はどれだけ私たちに勇気を与えてくれることか。わずかな時間でしたが忘れ得ない出会いとなりました。


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掲載日 平成18年6月2日
平成17年8月23日天皇皇后両陛下履中天皇陵ご参拝

 平成17年8月23日午前、第17代履中天皇の履中天皇1600式年祭を記念して天皇皇后両陛下が堺市の履中陵に行幸なさいました。プロジェクト堺の3人も堺市民の一人として両陛下をお迎えいたしました。
 両陛下は多くの堺市民の出迎えにお手を振って答えられ履中陵にご参拝されました。そのお姿を間近で拝見し、私は改めて思ったことがあります。

 仁徳陵や履中陵などの世界遺産的価値は建造物そのものにあるのではなく、その皇統が今でも正しく継承され直系の子孫である天皇陛下がご参拝されるところにあるのだと思います。2000年前から血統が脈々と受け継がれている家柄は天皇家しかありません。エジプトのピラミッドや中国の秦の
 始皇帝陵がいくら建造物としてすばらしいものであっても、2000年の血統にはかなわないでしょう。

 我々は間違いなく世界史的な奇跡を見ているのだと感じのです。

 我々日本人は特に堺の人々はその奇跡をごく当たり前のように享受しています。

 仁徳陵や履中陵を中心とした百舌鳥古墳群は過去の建造物としてここにあるのではなくて、2000年にも及ぶ時の流れを通じて、皇室の先祖の御陵として堺市が皇室よりお預かりしているのだなと感じました。

 堺市の歴史を考えるとき、私が真っ先に思いつくのはこの地が4世紀から6世紀に掛けて日本国家形成の源となった地であり、また天皇皇后両陛下が先祖の陵墓に御参拝に来られるように、天皇家ゆかりの地であるということであります。

 私たち堺人はこのことにもっと誇りを持ってよいと思います。


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掲載日 平成18年6月2日
地方から日本を変える!
教育再生でこの国を直す!

 10月26日放送のチャンネル桜「全国地方議員アワー・故郷から日本へ」に出演。
 この番組は、毎週1回、全国の地方議員の中から、「地方から日本を変える」気概を持って活動している地方議員を毎回3名招いて、教育問題、時事問題等を題材に1時間に渡り討論形式で進行する番組です。
 この日の3人の地方議員は堺市議会議員水ノ上成彰、八尾市議会議員三宅博氏、八王子市議会議員近藤充氏で、三宅博議員は北朝鮮に拉致された日本人を奪還する全国地方議員の会副会長を勤められており、地方議員の中でも拉致事件に関して最も意欲的に活動されている議員です。また近藤充議員は当日初めてお会いいたしましたが、教育問題について私と同じ課題をもって活動されており大変勉強になりました。
 番組では教育問題と、時事問題として北朝鮮による拉致問題、民族教育問題について議論しました。
 教育問題では主に歴史教育の重要性について議論がされました。「正しい歴史教育」とは何か。それは、祖国をこよなく愛することができるような歴史教育でなければなりません。今の子供たちが日本の歴史を学んだあと、「日本は世界の国に対して一番悪いことをしてきた」とか「日本人として生まれてきたことが恥ずかしい」などの感想を持つとすれば、それは正しい歴史教育がなされていないということです。他の国やその歴史を悪く言う必要はありませんが、自分の国の歴史をののしる教育が正しいはずがありません。私は堺市の議会においても教育問題では終始そのことを訴えています。また、同時期に東京都の白鴎中学校において扶桑社の「新しい歴史教科書」が採択されたされたことから、現在において子供たちに正しい歴史教育を教えることができるのは扶桑社の「新しい歴史教科書」しかないということなどが議論されました。
 北朝鮮による拉致事件はその解決に向けて最も効果的な方法は、経済制裁であり、各地方自治体の議会において、拉致事件解決のために北朝鮮に対する経済制裁を求める意見書を採択し、地方からの声で小泉首相の重い腰を上げさせるしかありません。
 それぞれ、地方議員ではありますが、志を同じくするものが多く集まり力を結集し、国を動かす気概をもって行動すれば必ず至誠は人を動かし、国を動かすことができます。そのように感じた、テレビ出演でした。

掲載日 平成17年1月
〜歴史コラム〜日露戦争100周年


 乃木希典率いる第3軍が難攻不落を誇った旅順を陥落せしめたのが1905年1月1日。今年の元旦は旅順陥落ちょうど100年目にあたり感慨深く元旦の朝を迎えました。
 今年は日露戦争に勝利してちょうど100周年になります。乃木大将と敵将ステッセルの感動的な水師営の会見、世界陸戦史上最大規模の奉天会戦での死闘の末の勝利、バルチック艦隊を全滅させた海戦史上例の無い日本海海戦。当時世界最大の陸軍国であり世界有数の強国だったロシア相手に勝利したことは欧米列強に植民地支配され、独立を失って苦しんでいた多くの非西洋諸国の民族に民族独立の夢と勇気を与えた世界史の大事件であったのです。
 しかし、現在の子供たちに日露戦争について聞いてみても、知っているのは「君死にたまふことなかれ」の与謝野晶子ぐらいのもので、橘中佐、広瀬中佐はもちろん乃木大将、東郷元帥すら知らないことに唖然とします。与謝野晶子は堺出身の歌人ですから子供たちに知ってもらうことは喜ばしいことですが、日露戦争に負けていれば、日本はロシアの植民地になっていたでしょうし、非西洋諸国はすべて欧米列強の植民地となり今でも独立できているのかわからないことを考えれば、命を投げ出して戦った英霊たちを誇りを持って教えることが、祖先に対する感謝だと思うのです。
 今年は日露戦争の意義をもう一度考え直したいと思います。

掲載日 平成17年1月


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